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ほんたうに?本当に全て変わって見える、今日からは。知らんけど。

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  また、また、 週末になってしまったわ。 この前ブログの続きです。 「ほんたうに俺でよかったのか」 細胞生物学者で、歌人の永田和宏さん出演の NHK BS1 スペシャルの番組のこと。 40年の恋歌、読んでみたい。 近いうちに必ず。それはまちがいない。 権威ある科学賞を受賞されているというのも この番組を見るまで知らなかった。 科学者と歌人、吾、無知なる故の意外感だった。 その無知の続きで言うならば、彼の亡くなった妻で 戦後を代表する女流歌人の河野裕子さんのこともだ。 正直に言おう、番組の後、インターネットで片っ端から 検索して瞼が重くなるまで、お尻が座り続けて痛くなるまで 関連記事を読んだ。 もちろん、10年間のご夫婦の闘病の記録とワンセンテンスで 言っても、二人の歌人の人生の記録だとしても、 私にとって、小さな池に大きな山ほどの岩がなげこまれたような インパクトだった。 あの一時間にも満たない番組をみてから、私の中で 何かがかわった。 3.4日経った今でも、感動で胸がいっぱいだ。 若者の言葉でハイの状態がいまも、である。 私は、南カリフォルニアの土地に住んで毎月短歌の勉強会に 参加することを楽しみの一つとしている。 日本の言葉の奥行の深さとかが、 40年以上のアメリカ生活で、 私の中から無くなりつつあるのを感じている。 日本的な感性とかだが、簡単に言うなと叱られそうだかね。 番組では、亡くなった妻とのこととか、知り合う前からの 日記を読むというとても個人的なことまでも語っていた。 短歌とエッセイで綴られている夫婦の人生の記録。 番組では、息子さん、娘さん、それに河野さんが亡くなった後で 生まれた孫娘の姿もあった。 息子さんも、娘さんも歌人である。 テレビ番組とその後のインターネット検索で知った 歌人夫婦のこと。 もっと、もっと知りたいと思った。 その前に、この前のブログに書いたように何冊、何十冊にもなる 自分自身の日記を処分しようと思う。 短歌の作品だけでええやん!  上手い、下手はべつにして。残すのは。 日本語の読めない夫、長男、長女がもし、日本語のわかる人に 翻訳をたのんだりしたらと思うとゾッとした。 恥ずかしながら、恥ずかしい思いを恥ずかし気もなく何十年も 日記に書いていました。 知らんけど。

短歌の季刊誌、今年から、年二回発行になっちゃった!知らんけど。

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  今年は、新年からまた、自粛生活に入っている。 屋内での集まりに、私は、当分参加することはやめた。 そんな時、カリフォルニア短歌の季刊誌169号が届いた。 去年の7月、8月、9月の3か月間の歌会の 作品が収録されている。 去年の7月23日付のブログに、今回収録されてた 短歌の事を書いている。 そう、上記の一番最初の短歌のことである。 その時のブログ、「好きなものを食べない悲しさ、 健康の為と自分に言い聞かせて、それでも、食べたい 気持ちが勝っている。伝わりますか?この気持ち」 とブログした。 ハンバーガーの炭水化物ダメ駄目とレタスに包みポテトは君に 去年のブログにはこのようなイラストと共に投稿した。 3年目に入ったメールでの短歌の勉強会である。 季刊誌をゆっくりと読み進めていて松江先生の 言葉が、目に入ると言うより心に強く感じました。 「短歌を書く、創る。短歌は自分を記録すること。」 確かに、である 自分の短歌で言えば、一首、たった31文字だけれど、 どの短歌にも、強い思い入れがある。 31文字の背景にある、最終的に31文字に凝縮された 心の動きの記録です。 一首ごとの31文字に至ったプロセスをもし書くとすれば 2ページや3ページなるだろう。 こうこう、こういう気持を歌ったものだとか、 自分でも拙い表現だと思えば、言い訳じみた説明もアリである。 説明しなくても、伝われば、それはそれで最高だ。 そんなことを考えながら、季刊誌のページを繰っていると 最後のページに年4回の発行が、今年から春と秋の2回になると。 毎月、短歌の勉強会が、リモート、メールであっても続けられる 幸せに感謝しています。 コロナ禍での勉強会で、わかったこともある。 ゆっくりと時間をかけて歌友の短歌を考えることができたことだ。 コロナ禍が収束しても、この形での勉強会が いいのではないかと。 私は、思った。 どうだろうか? 他の歌友も思っているかも。 知らんけど。