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ラベル(引退生活 アメリカ カラオケ 日本歌手協会)が付いた投稿を表示しています

もうすぐ一か月経つやん!日本から戻ってきて。 知らんけど。

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  早いもんで日本から戻ってきてもうすぐ一ヶ月になる。 それに、考えてみると、2カ月以上も ブログを更新していなかった。 10月初めにLAXから関空に発った。 出発前は毎日でもブログを更新しようと やる気満々だった。 こんなところに行ったとか、こんな美味しいものを 食べたわとかね。 ところがである、日本滞在中もLAに戻ってきてからも 忙しすぎて、ブログする時間がなかった。 日本の友達からも、アメリカ在住の友達からも ブログを更新してと連絡がきている。 今回の日本行きは、色んな意味で素晴らしい経験だった。 正しくパーフェクト。 先ず実家に着いて、3日目には東京に飛んだ。 歌手協会の歌謡祭でプロ歌手デビューする藤本さんを 応援するためだ。 藤本さんはあべ静江さんとのデュエット曲 「ふたりの思い出」で正式デビューした。 アメリカからの応援団も藤本さんの登場で大声援。 おおいに盛り上がりました。 でも私にとっては、やっぱりバックステージパスが 一番の関心事だった。 そして、その結果は、、、、 五木ひろしさんと あべ静江さんと 工藤夕貴さんと 田辺靖雄さん、九重祐三子さんと 歌手協会の理事で、歌謡祭の構成演出そして 司会者として活躍の合田道人さんと。 ショーの合間にロビーを歩いていたら ファンクラブの人たちに囲まれていた 北川大介さんと2ショット 二日目のショーが終った後、LAからの人達 そして、宮城からのご夫婦と少しの間カラオケも 楽しみました。 このご夫婦は、津波の後の復興に尽力され、現地では 「カラオケ道場」を主催されて元気づけられているとのことです。 宮城県石巻からの津田ご夫婦と と、ここまでで、まだ日本到着一週間未満の出来事だ。 まだまだ、いっぱい書きたいことがあるが、 以前のように根気が続かぬ吾が身かな、である。 続きは又の機会に。 しかしながら、日本から戻ってからも、次つぎと 新しい出来事があって、 「どないしたら、ええねん!」 せやねん、気になるから最近のことブログしようかなって。 年末、年始、日系社会の催し物のこととか。 知らんけど。

米国歌謡祭、歌友のビデオ、徐々にアップだって!知らんけど。

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  日本歌手協会 米国歌謡祭のあった翌日から 三泊四日のバス旅行があった。 木曜日の夜、リトル東京に帰ってきた。 その夜に、歌謡祭の歌友たちの晴れ舞台の模様を Youtubeにアップするつもりだった。 だか、悲しいかな、旅の疲れか、何もしないで バタンキュー。 翌日も疲労困憊、一日中居眠り状態だった。 土、日は、ルンルンカラオケと信濃夜カラオケで 動画をアップする時間がなかった。 そして、週明け、月曜日の今日ようやくちょっとした 動画編集をする気力が出て来たしだいである。 先ずLA 界隈のカラオケコミュニティーのスター ひろしさん、そしてLA の北川裕二こと豊さんの 動画をアップした。 歌友の皆さんの素晴らしいパーフォーマンスをみてください。 明日もがんばって、ビデオをアップするようにします。 今週は、木曜日に短歌の勉強会と昼食会があって、 その準備と言おうか、短歌の歌友の作品の予習も しなければならない。 そして、今月31日には、ノリノリカラオケ主催の カラオケコンテストがありますが、先の歌謡祭と バス旅行でお手上げ状態です。 正直、疲れてます。 言っちゃいけないのは、わかっているが、 昔は、もっとやる気があったわ。 知らんけど。

二世ウイーク歌謡祭の後は三泊四日のバス旅行?知らんけど。

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  この前のブログでは、藤本さんの会社の 創業50周年記念の歌謡コンサートに 800名プラスを無料招待ということを書いた。 ショーのビデオなんかは、歌手協会米国友の会のホームページでの 案内を待つことにする。 日本歌手協会 米国歌謡祭のことは、 早々とヤフージャパンのニュースに取り上げられていた。 左から、藤本さん、工藤夕貴、合田道人、田辺靖雄、九重祐三子、 あべ静江、、香嶋優貴(ロスインディオス) 私も、家族総出でショーを楽しんだ。 ショーの後は、日本からのプロ歌手をはじめ、出演者全員が、 グランドパレードに参加し、沿道の人達に手を振った。 そして、ここから今日のブログの本題に入ることになる。 歌謡祭の翌日、8月11日の朝である。 日本からのプロ歌手一行と共に 3泊4日、ラスベガス、グランドキャニオン、セドナの バス旅行のことを書こうと思います。 亀井さんのツアーコーディネイトで楽しいバス旅行の開始・ 途中で3度ほど休憩でバスから降りたけど、 焼けるように、暑かった。 夕方、ようやくダウンタウンラスベガスに着いた。 ホテルチェックイン、夕食を済ませると、 やはりスロットへ。 勝ったか、負けたか、言わぬが花。 過去何回かのヴぇガス旅行と比べて 今回、大変、気分が良かった。 正直に言おう、そう今のところ勝ち組である。 二日目はグランドキャニオン行きだ。 真夜中過ぎまでカジノにいたので、かなり眠い。 8時半出発はかなりキツイ。 あべ静江さん、合田さん達とグランドキャニオン記念撮影 その後、有名な絶景スポットへ歩いてゆく。 歌友に頼んで、はるか遠くから写真を撮ってもらった。 Reiko と書き込んだところに私が居る写真だ。 レイレイ先生、あべ静江さんとスナップショット。 今夜は、グランドキャニオン泊だ。 レイレイと同室だが、全室スイートで快適だった。 ラスベガスと違って、夕食の後は、ただ寝るだけだった。 明日は、セドナからラスベガスに戻る。 やはり朝早く8時半出発、セドナへ行くのだが とにかく暑い、苦しいくらい暑い。 UBプロテクトの上着でそのを歩くのだが、 長距離マラソンのあとのように疲れた。 両手を上げて、パワーを貰ったわ。 全員にパワーをと、記念撮影。 このツアー最後の、ラスベガスの夜のためにパワー貰ったかも。 歌友の部屋からのラスベガスの夜景。 ラスベガス...

8月10日の800席、満席となりキャンセル待ちだって!知らんけど。

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    昨日はガーデナ市にある琴平カラオケに行ってきた。 そこで、歌手協会米国友の会の藤本会長に会った。 藤本さんの会社の創業50周年記念で歌謡祭に 800名を無料招待ということだった。 それが、すでに800名に達し、後はキャンセル待ちだ。 夕べは、たまたま、隣の席に座った藤本さんから いろいろ、お話を聞くことが出来た。 この歌謡祭は、800名無料招待だけでなく 日本からの歌手たちとそのマネージャー計11名の ビジネスクラス航空券、滞在費等も含め全て 藤本さんのファイナンスによるものです。 第一部は、日本歌手協会からプロレベル試験に 合格して承認を受けた地元アメリカの歌友たち 9人のパーフォーマンス。 第二部は、地元の歌自慢が日本歌手協会の審査員の前で そして、800名の観客の前で歌う、プロレベルの承認 テストオーディション。 第三部が、日本からのプロ歌手のパーフォーマンス。 ざっと、8月10日の歌謡祭の内容だ。 そこで、夕べの琴平カラオケで発表があった。 作詞家としては、北川裕二の「海を渡った人生」 ロスインディオスの「コモエスタロスアンジェルス」で 知られているが、 何と、先月日本で、歌手デビュー第一作のレコーディングを してきたと。 カラオケを中断して、オーディオだけだが、 披露してくれた。 あべ静江とのデュエット曲「ふたりの想い出」と 藤本さんのソロで「叶えた夢は宝物」 両方とも藤本さんの作詞です。 藤本さん、ついにシンガーソングライターになったわ! 知らんけど。

行けたら行くって、行くの、行かないの、どっち?知らんけど。

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きょうのブログは、8月10日の 「日本歌手協会米国歌謡祭」のことだ。 前のブログに書いたように、藤本会長の オリンピックショップ創業50周年記念の 無料招待券のことで、家族や友達はもちろんのこと ちょっとした知り合いにも声掛けした。 「行けたら行くわ」 関西弁の「知らんけど」と同様に 何かに誘われた時によく言う言葉だ。 「OOの発表会に来てくれへん?」 「そやな、行けたら行くわ」 この時は、誘う方も誘われる方も 外交辞令的で、あいさつ程度である。 だが、いよいよティケットの引き渡しとなった場合、 「行けたら行くわ」では、よくないのだ。 もちろん、明日何が起こるかわからないのが人の世、 突然急用ができるかもしれないけれどね。 招待する側は、出来るだけ多くの人に 来てもらいたい、観てもらいたいと。 「行けたら行く」的な答えの人 行くの、行かないの、どっち? まあ、当日ノーショーの場合50ドル罰金徴収っていう 恥ずかしいニュースレターで、返事控えてるのかも。 実際問題、誰が(ノーショーした人)が誰に(主催者?) 50ドル払うのかねえ~ 知らんけど。  

三か月は遅いか早いか、どう思う?八月十日の歌謡祭。知らんけど。

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  一か月程前のブログにちょっとだけ書いたことがある。 とにかく8月10日のスケジュールを空けておいてくださいと。 日系コミュニティー最大のイベント、 二世週祭真っただ中、8月10日に 日本歌手協会米国歌謡祭が開催される。 歌手協会米国友の会の藤本会長が 自社のオリンピックストアー創業50周年を祝して 歌謡祭に先着800名を無料招待するということだ。 各、カラオケ関係の同好会、グループにはすでに 連絡済みだし、日系レストラン、食料品店にも パンフレットを配布されている。 歌謡祭には私たちが若かりし頃活躍した、田辺靖雄、 九重佑三子、あべ静江 そして 「コモエスタロスアンジェルス」の 工藤夕貴と ロスインディオスのボーカル香嶋優貴が出演する。 楽しみである。 日本からのプロ歌手のパーフォーマンスが、メインイベントだが、 日本歌手協会からプロレベル認定を受けた歌友たちも出演します。 歌友たちのパーフォーマンスも楽しみである。 無料招待と言っても入場するにはティケットが必要だ。 ティケットがなければ入れません。あたりまえだ。 私たち歌友は、それぞれ参加しているカラオケ同好会を 通じてティケットは入手できるので問題なしだ。 個人では、 213-625-1998 に電話して申し込んでください。 それから、とても大切なことです。 無料招待ティケットを入手するにあたり、 念頭に置いてもらいたいのは、 8月10日の歌謡祭を観ることが確実な人であること。 主催者は、より多くのひとに観てもらいたいから 招待するのであって、行く気もないのに申し込まないで くださいと言うのが本音でしょう。 みなさん、観に来てくださいね。 それだけでいいじゃないですか! ところが、デアル。 先日、ある同好会からのニュースレターで 招待券を貰って行かなかったら無料ティケット一枚に付き 50ドルの罰金を同好会が徴収されることになる。 招待券貰ってのドタキャン、罰金徴収されるって⁉ こんな事、公に書いていいの? 嘘みたいな、本当の話。 知らんけど。

後の祭りじゃないよ、祭りの後の「どうでも演歌」は。知らんけど

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  昨日の続きです。 もともと、月曜日にホテルをチェックアウトして 直ぐLAに帰る予定だった。 それが、そうじゃなかった。 せやねん! レイレイの生徒のご夫婦からランチの誘いがあった。 それもカラオケランチだったのだ。 食べ始めてからわかったことなんだけどね。 飲茶(やむちゃ)ディムサム(点心)名称はどうでいい。 小籠包、しゅうまい、ごま団子なんかとか、 もちろん他の一品料理を食べながら、 ここでもカラオケ、どうでも演歌だ。 これでもかと、歌い続けては、食べて、又歌って そろそろ、ランチも終わりに近づき、 集合写真を撮った。 これで最後に、別れを惜しみながらLAに向かって帰る。 とは、いかなかった。 まだまだ、歌いたりないのか、別のご夫婦の 自宅でカラオケということになった。 その自宅というのが、丘の上の豪邸で、びっくりした。 場所は、サンホセ。 もう午後3時近くになっていた。 LAに着くのは真夜中過ぎかなんて考えながら 居間のソファに腰をおろした。 自宅の特設ステージには、グランドピアノ、 キーボードドラムもセットアップしてある本格派。 Show must go on と言う訳で まだまだカラオケ三昧が続く。 次から次へと、歌有り、踊りありでアッという間に 2,3時間が過ぎた。 これっきり、これっきりと言い聞かせながら 何度目かの「最後の一曲」でようやく帰り支度をした。 別れを惜しみながら、「どうでも演歌」フリーモントの 皆さんとお別れした。 楽しい、楽しい週末だった。 楽しかっただけに、私はいつも思ってしまうのだ。 「これから先、否、来年もこんなこと出来るだろうか?」 あかん、あかんやん! 明日何が起こるかわからへんのは、若者もおなじこと。 楽しかった、最高の週末に感謝しようよ。 しかしねえ~と又悪い癖。 帰り路、夜道を走る車の窓に映る自分の顔をみて ああ、ああ、年取ったなあアって。 否、いや、 いい年の取り方してるよと言い聞かすように呟いた。 知らんけど。

「どうでも演歌」フリーモントの発表会やねん!知らんけど。

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  さて、いよいよ発表会、当日の模様です。 レイレイの「どうでも演歌」 フリーモント教室の発表会が 「Tokyo Onigiri Tea Room」で開催された。 歌手協会米国友の会の藤本会長と一緒に私たちは ロスアンジェルス教室代表として参加した。 午後一時から徐々に人が集まり昼食を兼ねた 日台の親睦会が和気あいあいで進行していった。 藤本会長は、フリーモントの生徒たちに  歌手協会米国友の会の説明を精力的にしていた。 そしてリサイタルが始まると、レイレイ先生の 歌手協会友の会のサンフランシスコ地区の 支部長就任の発表もあった。 そして、いよいよメインイベントの発表会である。 各自3曲歌うのだが、フリーモントの生徒は 99%日本語が母国語でない人たちです。 その人たちが、日本語で演歌の名曲を これまた素晴らしい歌声で披露してくれました。 発表会が盛り上がり絶好調の時、近接の Cupertino市の市長さんが応援に駆けつけてくれました。 (左から二人目の女性) ロスアンゼルスから日曜日に民謡の堀さんが サプライズで駆けつけてくれました。 それも歌ごとに衣装を替えて登場。 藤本さんは、やはりご自身作詞の 「海を渡った人生」でキマリ! 歌が良かったのか、歌手がよかったのが、知らんけど。 歌手協会友の会へ寄付も頂いたようです。 フリーモントの皆さんの日本の歌への情熱に圧倒されました。 恥ずかしながら私も頑張って中国語の歌を歌いました。 歌い、踊り、楽しい会話、何度目かの乾杯を するうちに、夜も更け「今日の日はさよなら」の 時間となった。 フリーモントの生徒に囲まれてレイレイ先生が いかに愛されているか伝わってきました。 最後にフリーモント教室の課題曲の一つ 「上を向いて歩こう」の大合唱で発表会の幕を閉じた。 楽しい一日でした。 祭りの後の寂しさもちょっぴり感じながら会場を後にした。 翌日は、ホテルをチェックアウトしたら ロスアンゼルスに向けて直行のはずだったのだが、 そうではなかったのだ。 まだ、まだ「どうでも演歌」フリーモントは 歌い足りないようだ。 きょうは、ここまでにしよう。 発表会の後日談は次の機会に。 知らんけど。